【インタビュー(全文公開)】:Satologueの建築家 堀部安嗣さん 2024.05.21
【コンセプトについて】
―今回のプロジェクトの中で、建築をどのようにとらえ、設計を重ねられていますか。
よく日本料理の料理人が、「素材さえ良ければ、濃い味付けは必要ないし、ソースも必要ない。ほんのちょっとした塩梅と焼き加減の妙があればそれで充分だ」というようなことを言いますよね。僕もここでやろうとしていたことはそれに似ています。地元の方は意外と気づいていないかもしれませんが、これだけ宝物のような緑と川と空気があるなら濃い味付けは必要ないし、変にストーリーを創造する必要もないと思ったんです。本当にシンプルにそれだけですね。
―地域にある良い素材を引き立たせるということでしょうか。
日本の色々な地域に仕事で関わってきましたが、地元の方が地元の良さにあまり気づいていないことが多いと感じています。今あるものは「当たり前」で、「どこがいいの?」というような言葉をよく聞きます。そしてなぜか西洋や都市への憧れが強かったりしますよね。例えばですが、「ここは日本の地中海だ!」と言ってみたり、地方都市の繁華街には「〇〇銀座」という名前がついていたり。それは、日本と西洋や地方と都市の優劣の話ではなく、自分が暮らしている身近なところへの評価が正しく行われていないということの一端なのではないかと思うんです。地方は東京に憧れて、東京は西洋に憧れて、世界は宇宙に憧れる、というように、身近なものには評価を与えずに、どんどん遠くのものに憧れて、ないものねだりをしていく。そういうことを、これからは変えていかなければならないと思うんです。身近なものをもう少し愛していかないと。愛すべきものに囲まれて私たちは生きているので、そういったものに気づける場所を今回もつくりたいなと思いました。
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(Photo: Satologueの位置する「棚澤(たなざわ)集落」。銀色の屋根の建物がSatologueのレストラン棟。 ©️Kazuhiko Hakamada)
【奥多摩という地域の素晴らしさについて】
―全国さまざまな地域に関わられてきた堀部さんが感じられる、奥多摩の良さを挙げるとしたらどんなことがありますか。
「観光!観光!」とギラギラしていなくて、手付かずの自然や原風景が残っていることですね。開発しようとか、お金を儲けてやろうとか、野心のようなものが感じられない心地よさがあります。鼻息が荒くない感じ。僕は、これはかなりいいことだと思っています。穏やかさや気楽さ、楽しげで等身大な感じ、それが奥多摩という地域の大きな魅力の一つのように感じますね。
それから、自然のバランスがすごく良いと思います。山と川の関係や、そこでとれる食べ物など、色々な要素がバランス良く凝縮されていて、日本の田舎の縮図のような、箱庭的な魅力があると思います。
―確かに、自然の中に人のくらしがうまくフィットして、いとなまれている感じがしますね。
誰もが思い描く日本のふるさとのような、少年の頃の夏休みの舞台になるようなところだと思いますね。川に潜ったり、虫を取ったり、スイカ食べたり、子供の頃そういうところってすごく楽しいじゃないですか。奥多摩はそんな舞台を象徴するようなところじゃないかと思います。
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(Photo:工事現場の堀部さん。 ©️Daisuke Takashige)
―奥多摩のように川があり、山があり、急斜面にも人が賢く自然と共存しながら暮らしているというのは、日本らしい風景でもありますね。
山が険しくて、雨が降れば山づたいに水がすぐに川に落ちるというのが、日本の地形の基本な特徴だと思います。私はフィンランドによく行くのですが、日本と同様に森林国で、国土の6~7割が森なんです。ただ、日本のような山はなく、ただ平坦な森が広がっているというのがフィンランドの地形です。川はなく、湖があります。もちろん平坦な森と湖の良さや美しさはよく分かるのですが、地形に高低差がないということをどこか不思議に思うことがあります。川って、水がずっと動いているので、水が澱むことがなくて綺麗なんですよね。フィンランドでサウナの後、湖など溜まった水に浸かっていると、川がとても恋しくなることがあります。川の中で「ととのい」たいなと思うんです。水の綺麗さ、水が常に動いていることのありがたさ、そういう川の魅力というものをフィンランドでよく気づかされるんです。日本では当たり前に思っていたことがそうではないんだというように、身近にあるものの価値に気づいていけると良いですよね。
―川のありがたさ、ですか。どんなに大金持ちでも、川は掘れませんもんね。(笑)
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(Satologueの敷地のすぐ横を流れる多摩川。おいしい鮎が獲れる、釣り人に人気のスポット。 ©️Daisuke Takashige)
【敷地や環境の素晴らしさについて】
―「あるものを活かす」というテーマについて。この敷地にあるものとはどのようなものでしょうか?
ここSatologueの敷地は、川を楽しむのにとてもいい場所ですよね。川がすぐそばを流れていて存在感があるけれども、氾濫の影響が少ない地形だということが、とてもありがたいことだと思います。日本は多様な高低差や水流が小さな国土の中に凝縮していることが、ユニークで美しく、変化を生んでいる一方で、自然災害も多い。例えばドナウ川やセーヌ川、ライン川など、ゆったりと流れるもので災害が少ないというのがヨーロッパの川のイメージですよね。それでパリやロンドン、ブナペストといった都市が川沿いに発展してきました。一方で日本は、川は氾濫したりして“悪さをする”という意識があり、川沿いの土地は敬遠されてきたという歴史もあると思います。そういう意味でも、ここは非常に恵まれた土地ですね。
―確かにここは川の景色はもちろんのこと、斜面になっていて日当たりが良く、風が気持ち良く、居心地が良い場所だと感じます。
この下は岩盤なので、ここは非常に地盤が良いんです。今回改修した古い建物が長い年月保たれてきたのも、地盤の良さが関係していると思います。そして、南斜面であるということも大きいですね。これまで僕は人間にとっての居心地の良さや住むべき場所について色々と考えてきましたが、南斜面は、水が豊富で水捌けが良くて、日当たりが良いという最高の土地条件です。まさに、人間ってこういうところに好んで住むんだよなといつも思います。地形的にもここは本当にいい場所だと思います。
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(Photo:Satologueと周辺集落の風景。南斜面に民家が立ち並ぶ。 ©️Kazuhiko Hakamada)
―そんな土地の良さを、どのように建築に活かされたのでしょうか。
この敷地には、養魚場のいとなみの名残として、川の水を引いた水路が巡っていて、水の循環やそれに寄り添う人のいとなみが、この小さな土地の範囲内で可視化できているというのも面白いところですよね。地盤の良さが感じられるような空間であることと、そのように小さな輪で動いている自然の循環システムを止めないような計画にしたいと思ったんです。
今回メインになるレストランの空間の設えは施設の大きなテーマになると思うんですが、これについてはすごく悩みました。椅子に腰掛けて食事をするのか、畳なのか、本当に色々と考えたんですが、最終的にはメインの客席を掘り炬燵形式にして、かなり床に近い位置で、重心を下げて食事をいただくということに辿り着いたんです。川や地盤のいい大地に腰を据えるような感覚でお食事や会話を楽しむという空間構成です。重心が上がってしまうと、先ほどお話しした自然の循環システムの感じ方もちょっと浮ついてしまうと思ったんです。腰を据えていると、その輪の中に自分も溶け込んでいるように感じられるかなと。
―4本足の椅子の上ではなくて、重心が下がる床座であるとことがポイントなんですね。
元々の家の造りも座敷が広がっていましたから、昔から生活の舞台の重心は低かったと思うんです。ここに住まわれていた人たちが見ていた景色も、今回継承できたのではないかと思います。
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(Photo:Satologueのレストラン。窓に向かって座る掘り炬燵のカウンター席。 ©️Daisuke Takashige)
【外観について】
僕の感じている奥多摩の魅力はもう一つあります。それは変な建物がない、ということ。変に豪華なものもないし、新奇なものもないし、とても良い意味で、建物が素朴で好ましいんです。
―確かに、変にバブリーなものがないですね。
輪を乱そうとか、自分だけ目立とうなどという雰囲気の建物がほとんど目に入りません。いい意味で「やる気がない」というか。奇抜なことをしてやろうとかいう野心みたいなものがなく、それが土地全体の雰囲気にもつながっていて、非常に好ましいことだと思っています。それで、今回の改築の外観も、ただ少し綺麗にしただけで、言ってみれば「やる気がない」んです。シンプルというと言葉が良いですけど、そこには変に力を加えないんです。
―何だか元々ここにあったようなものに感じられる外観ですよね。
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(Photo:Satologueの外観。©️Daisuke Takashige)
今回、共同設計者の伊藤さん(伊藤嘉記氏)も基本「やる気がない」ので。伊藤くん、「やる気のある」建築、大嫌いでしょう?
(伊藤さん)はい、大っ嫌いです。(笑)
(カメラマンの高重さんに)写真だってそうでしょう。
(高重さん)そうですね。ガチガチに力んで撮るのはちょっと嫌ですね。
ですよね、どっかで脱力していないと疲れちゃうよね。
(伊藤さん)はい、飽きちゃいます(笑)
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(Photo:Satologueの工事現場にて。右から、堀部さん、共同設計者の伊藤さん、インタビュアー ©️Daisuke Takashige)
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(Photo:Satologueの工事現場にて。現場監督の浦野さんと伊藤さん。 ©️Daisuke Takashige)
【良き「撤退」について】
「撤退」っていう言葉あるじゃないですか。どこか逃げ腰で良くない、消極的なイメージの言葉だと思うんですが、これからの時代、時には撤退することって大事だと思うんです。引くときは引くというような、良い意味での撤退。「そこには加わりません」という意思表明というか。ちょっと過激なことをいうとですね、建築はもうこれからの時代撤退した方が良いと思うんです。建築は撤退して、自然とか、風土とか、そういったものを修復する時代に入っていかないといけないと思います。建築家や建築に携わる人間は、徐々に今までのように「ものを建てる」という行為から撤退して、「修復」に力を入れた方が良い。でも建築をやっている人は、ものをつくるのが大好きなんで、なかなか撤退できないんですよ。(笑)僕もこんな偉そうなこと言ってて、つくってますからね。それでも、なるべく「撤退」の気配を感じさせるような仕事になるようにしたいと考えています。
―一足は撤退しながらつくるという感じでしょうか(笑)
今回ある意味外観からは「撤退」しています。外観は何もやらない。即物的にしています。これがどう評価されるか、楽しみにしています。(笑)
少し謙遜を交えていうと、建築の役割はそれほど多くはないのかも知れません。建築によって達成できることは無限にあるわけでもないし、創造することだけが建築の意義でもないと思うんです。それこそちょっとした塩梅みたいなもので。その塩加減や焼き加減を的確に、間違えないということが最大の仕事であって、濃いソースを作ることが仕事ではありません。美しい自然や、土地で紡がれてきた暮らしや文化など、素晴らしい素材がここにはたっぷりありますから。これから多くの人が身近にあるものを誇りに思って、評価を与えていく時代になるんじゃないかと思っています。その試金石になることを願って、Satologueを設計しました。
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(Photo:共同設計者 伊藤嘉記さん。 ©️Daisuke Takashige)
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(Photo:フィルム写真家 高重乃輔さん。 ©️Yasushi Horibe)
インタビュー日時:2023年2月22日
インタビュー場所:Satologueの敷地内にて
インタビュアー:クリエイティブディレクター 巽 奈緒子